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「錆びた館」 http://kakudou.moto-chika.com の日替わり日記部分のみの分館
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2024/11/24 (Sun)
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2020/06/15 (Mon)
Twitterで『#あなたの狂った体験を聞かせて』というタグがあり、たまたま見たときそのトップが数年前の遠野で機嫌良く歩く和服の人が京極夏彦だったというものでした。

京極さんは何度か遠野で講演などもしてるので、ツイートした人がどの時のことだったのかわからないのですが、自分が初めて行ったのはちょうど10年前、2010年の9月。当時の雑誌『怪』主催のイベントでした。遠野物語100周年だったんでした。

てなこと思い出してた昨日、6月14日は遠野物語の日だったそうで。

10年前の初遠野はイベントも市内も楽しくはあったけど、そこに着く前から奇妙な出会いがあった、と当時の日替わりウェブ日記に書いておいたのが、いま見る機会少ないので抜粋再録しておきます。
前夜新宿ロフトプラスワンで菊地秀行トークライブに行き、朝帰って寝ないまま出発したところから。

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大宮で東北新幹線はやてに乗りかえ、2時間ちょいで新花巻で乗り換え。 
のはず、が。 
寝過しましたよー。はっと目が覚めたら列車止まってて、今何時?あれもう乗り換える時間じゃないか。ということはこの駅は?新花巻!? 
あわてて出口に向かうも目の前でドアが締まり、あららら~~。 
しかたないのでiPhoneで乗換案内を調べると、次の終点盛岡から折り返せば当初の予定の30分遅れ程度で済むことが判明。新幹線はともかく、本数の少ない釜石線でこの取り戻し方は驚異的、運がいいなあと。 
さて新花巻の売店でJRのツアーパックに付いてた券でお弁当引換え、釜石線へ。


この駅前が実になーんもない。 
さらに釜石線のホームときたら無人駅で、それでも待合室だけはちゃんとあるのは冬場寒いからなんだろなあ。 
列車待ってる間に弁当食べ始めると、もうひとりだけいたお客さんが話しかけてきた。 
グリーンと黒の葉っぱのような模様のワンピースに明るい水色の薄手のコート、真っ赤なビニール?の多分レインハット、総白髪のおばあさんにしては洒落た服装と思ってたけど、 
「遠野に行かれるの?」 
という話の続きを聞いて驚き。 
柳田国男の息子のお嫁さん、御年91歳。 
とてもそうは見えない矍鑠たる方。 
東京と遠野を行ったり来たりで、今年は特に遠野物語100周年で忙しかったとか。 
「昭和16年に結婚して、新婚旅行に行ってる最中に戦争が始まりましてねえ」 
「車も80までは運転してたんだけれども、もう10年も運転してないわ」 
「暗い部分、ほんとは怖い部分をへんにごまかしてファンタジイにはしてほしくないの。そこをちゃんとしてくださるなら、という条件で水木さんに『遠野物語』の漫画を許可いたしましたのよ」 
もう聞く端から内心では口あんぐりですよ。 
もっと話を聞きたかったのだけど、列車が意外と人が多くて席が離れてしまったのが残念。 
坪内祐三が中学生の頃に英語を教えたりしてたらしい。 
ま、坪内祐三の本は読んだことないんですけど。 
寝過ごさなったらこういう出会もなかったわけで、縁はどこに転がってるかわからんもんですねえ。
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そのかた、柳田冨美子さん。その後お会いする機会はありませんでしたが、お元気に活躍されてたようです。そのまえは成城でギャラリーを経営されてたり、NHK『美の壺』にも出演されてたりしたのでした。
https://www.nhk.or.jp/tsubo/arc-20080919.html#modalWindow32
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